『漢字の成り立ち 『説文解字』から最先端の研究まで』

落合淳思著『漢字の成り立ち 『説文解字』から最先端の研究まで』(筑摩書房 2014年)

白川文字学について、白川博士の論文を読み込むこともせずに批判している人がいるという話をちらほらと聞いていて、この本がそれだったように記憶していたため、確認のために読んでみたのです。

加藤常賢氏、藤堂明保氏、白川静氏の字源研究は30年以上経過し、その後の字源研究は停滞したままだという。それをこの本の著者が最先端の研究で前へ進めているということらしい。そこそこの紙幅を割いて、各氏の学説を取り上げ、「あやまり」を指摘しつつ、著者が「正解」を出して行くスタイルを取っている。そんなに自説を「正解」と言い切ってしまっていいのだろうかと読みながらハラハラしました。

白川文字学批判については、『字統』をもとに批判をしているようですが、やはり『説文新義』も目を通しておかなければいけないような気がします。例えば、p.177には

しかし、白川は研究に際して、各資料の時代差をあまり重視していないのである。

として、「休」という字の字源について紹介しています。白川が『字統』で「木はもと禾の形に作り」と言っているを見て、甲骨文字ではやはり「木」の形であり、『説文解字』の「息み止まるなり。人の木に依るに従う」という解釈が正しいとしています。確かに『字統』では上記の通り書いてあるので、それ以前のものを見ていないように感じられるのですが、『説文新義』を見ると、『説文解字』の「息み止まる」義を記載を紹介したあと、「しかし休の古い用義例にその義はみえず」(巻6 p.89)と述べています。その後、金文、詩経、左伝、国語の用例を引いています。さらに『字統』に戻ると、「ただ休を休息の意に用いることもあって」と、詩経の用例を引いたのち、「晩期の詩篇にみえている。」としています。さらに段玉裁の『説文解字注』に引いた用例も『淮南子』を引いて違う意味だとしています。つまり、『説文解字』の説を検討し、時代を追って用例を確認しているので、各資料の時代差を重視していないとは言えないと思います。

ただ、『説文新義』でも、甲骨文への直接の言及はないようです。そこで『甲骨文字詁林』(中華書局)を見てみます。そうすると、「休」は地名だとあります。「休む」の用例も、「賜物」としての用例も確認できませんでした。甲骨文まで遡り、『説文解字』が正しいというのであれば、甲骨文での用例が必要な気がします。また、『字統』『説文新義』で展開される、「休」の用例についても、「西周時代には、「休」が引伸義である賜与物の意味で主に用いられるようになった(p.178)」とありますが、どうして「息み止まる」が「賜与物」の意味に派生するのか、よく分からないです。こういうところに用例等による裏付けが必要だと思います。

甲骨文データベース

著者の取組として甲骨文のデータベース化がおこなわれていることが紹介されています。これは非常に素晴らしいことでして、大部になりがちな甲骨文、金文の研究資料が比較的容易にアクセスできるようになれば、漢字の研究はさらに進むことになるでしょう。この点は大いに期待できます。