辞書を読む

テレビで活躍中の林修先生のブログで、かつて辞書をよく読んでいたというお話が紹介されていました。

その中で林先生の先輩にあたる呉智英という方の記事を紹介されていました。

「まともな知識人なら改版が出るたび『広辞苑』を読み直すはず」というなかなか刺激的なタイトルの記事です。この方もかつて、『広辞苑』を通読したことがあるそうです。

辞書は「引く」ものではなく、「読む」もの。辞書の魅力にとりつかれた人はよくこう言います。異なる出版社の辞書を引き比べる、なんてこともやりますね。

『広辞苑』は通読したことはありませんし、普段よく使う漢和辞典も通読はしたことありませんが、全ページ繰ったことはあります。
親字をひたすら追いかけてました、小学生の頃。凡例とか巻末の付録なんかもかなり読み込んでいた記憶があります。
そういえば、大学の授業で新潮社の『新潮 現代国語辞典』を読む授業がありましたね。【い】の項まで行かなかった気がします。

さて、呉智英さんの記事で、岩波書店の『岩波新漢語辞典』に誤りがあって、それを出版社に伝えたが、全然修正されてないと憤るところがあります。

私はこの前身の『漢語辞典』で誤りに気づいた。「使」の項目に、次のようにある。

「使孔子知顔淵愈子貢則…=もし孔子、顔淵の子貢に愈(まさ)るを知らば、すなわち…〔論語〕」

出典が『論語』とあるが、『論語』中にこの章句はない。公冶長(こうやちょう)篇に、孔子が子貢に「お前と顔淵とどちらが愈(まさ)っているか」と問う一節があり、内容は似ているけれど文章が全然ちがう。あるいは『孔子家語(こうしけご)』あたりかと見当をつけて探したが見当たらない。とにかく、この出典表示は誤りだから、指摘の手紙を出した。しかし、前述のように、返事はあっても未訂正のままだ。

この出典は『孔子家語』ではなくて、『論衡』です。『論衡』巻九 問孔篇です。呉智英さんに教えてあげようかな(笑)

さて、『広辞苑』はまもなく第七版が出ますよ。通読チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

『岩波新漢語辞典』は、古い版を持っていたはずですが、ぱっと見渡しても見つからないので、また探しておきます。