過垂虹 垂虹を過(よ)ぎる
自作新詞韵最嬌 自作の新詞 韵 最も嬌たり
小紅低唱我吹簫 小紅は低唱して 我は簫を吹く
曲終過盡松陵路 曲終れば 過ぎ尽くす 松陵への路を
回首烟波十四橋 首を回らせば 烟波 十四橋
姜夔『白石道人詩集』巻下
【韻字】
嬌、簫、橋
【語釈】
〇垂虹 江蘇省呉江県の東にある橋の名前。正式には利往橋というが、長橋ともいう。また亭の名。垂虹橋のほとりにある亭。ここでは旅の途中に立ち寄る垂虹亭としたい。
〇嬌 艶めかしい。
〇小紅 范成大から贈られた歌妓の名前。『研北雑志』巻下に「堯章歸呉興、公尋以小紅贈之。(尭章 呉興に帰るに、(順陽)公尋ねて小紅を以て之に贈る)」とある。「尭章」は姜夔の字、順陽公は范成大のこと。
〇低唱 低く小声で詩や歌をうたう。
〇簫 単管の笛。『研北雑志』巻下に「堯章毎喜、自度曲吟洞簫。小紅輒歌而和之。(堯章毎に喜び、自ら曲を度(ととの)え、洞簫を吟ず。小紅輒ち歌いて之に和す。)」とある。「洞簫」は尺八に似た単管の笛。
〇松陵 『漢詩日暦』には「呉県の別名」とある。『大漢和』には「松の生えたをか」とあり、当詩が用例に引かれている。『江南通志』巻三十一に「垂虹亭在呉江縣長橋、宋慶厯中、縣令李問建、楊備詩、松陵雨過船頭望、一道青虹兩岸頭(垂虹亭は呉江県の長橋に在り、宋の慶暦中、県令の李問が建つ。楊備の詩に、松陵 雨過ぎて 船頭望めば 一道の青虹 両岸の頭(ほとり))」とある。楊備の詩により松が生える丘にかかった橋が垂虹橋と呼ばれ、そのほとりにある亭を垂紅亭と呼ぶようになったのであろう。ここでは垂虹亭を言い換えている。
〇烟波 もやがかかった水面。
〇十四橋 たくさんの橋ということであろう。
【通釈】
自作の新詞は、とても艶めかしい響きでできた。
その詞を小紅が小声で歌い、私は笛を吹く。
曲が終わると、垂虹亭へ行く道を通り過ぎてしまっていた。
振りかえると、川面にはもやがかかり、その向こうには多くの橋が見えている。
【注釈】
『漢詩日暦』には「この詩は、紹熙二年(1191)、范成大に呼ばれて詞を作った姜夔が、范成大に贈られた歌妓の小紅と共に舟に乗って帰る時のもの。」とあるが、この詩が作られた時の故事を記す『研北雑志』巻下には舟に乗って帰ったとは記されていない。転句に「松陵路」とあり、結句に「回首烟波十四橋」とあって、もやがかかっても多くの橋が見えていることから、小高い丘から見ているのであろう。ここでは陸路で移動していたと取りたい。
【参考文献】
目加田誠『漢詩日暦』(時事通信社 1988年)p.372
諸橋轍次『大漢和辞典』(大修館書店 修訂版)
『四庫全書』所収『江南通志』巻三十一
『四庫全書』所収『研北雑志』巻下
View Comments (0)